サドマゾ

サディズムマゾヒズムは表裏一体らしい。サディズムの語源となったマルキ・ド・サドも加虐嗜好と被虐嗜好どちらも持ち合わせたド変態だったらしい。ウィキペディアを調べるのが面倒くさいのでうろ覚えだが、自作の小説が禁書扱いされ危険人物として投獄、その牢の中でもひたすら変態小説を書き続けていたとかじゃなかったか。偉大なる先駆者のおかげでSMは性癖の一つとして市民権を得たのである。えらいぞサド。

加虐的な妄想をするとき、どちらの立場に回っているかという問題。弄って歪む表情に興奮する内に、被虐側にも自己を投影してしまうんだろうか。SとMは全く別のものである気がしてなかなか重ならない。不思議な話だ。私個人の話に落とし込んでみれば、昔は自分がすごくMなつもりだった。年上の目つきの鋭い男性に……なんてことは数限りなく考えたものだ。しかし、最近になって言うほど私はMじゃないなということに気が付いた。無理やりものなんて全然抜けない。上から目線の男性から「抱いて欲しかったんだろ?」なんて言われるエロ漫画の広告を見るたびぶん殴りたくなる。まぁそんなシチュエーション、2次元でしかあり得ないのだが。

今も昔も色白で目つきが悪くて黒髪の男性が好みだが、性癖についてはどちらかといえばSになった。それに伴ってか年上しかダメだったのが年下もカバーできるようになり、むしろショタ好みかもしれない。きらきらした少年より、何か抱え込んでそうな屈折した男の子に色んな愉しみを教えてあげたいっ。不安そうな瞳、張りのある肌、覚束ない仕草で――ちなみに今はド素面である。なのではずかしい。アホか。

 

何だかもっと精神性について、高等なことを書こうと思い至ってブログを開いたはずがただの性癖暴露。ババアになって雑食になっただけじゃねぇか。前記事のまんこといい下ネタしかねぇな。次はもっと頭良さそうな記事にします。今日はね、調子が悪いんだね、うん。溜まってるとかじゃないよ。全然違う。そういう下品なコじゃないから。全然。アラサー欲求不満ババアとか怖すぎるだろ。うるせぇ。