体調が悪い

タイトルの通りである。そのためここ3日ほど会社を休んでいる。

本来社会人が仕事を休むほどの不調といえば、起き上がれないレベルのものを指すのだろうが正直いってそこまで具合が悪いわけでもない。喉の痛み、それに伴って耳の痛み、そして腹を下している。私の仕事はデスクワークだからできないこともない。体調より大きいのは気持ちの問題だ。

昔からショックなことが起きたら、その場は大騒ぎするがすぐに忘れてしまう。そして平然と生活を送るもののふとした瞬間に忘れていた感情が戻ってきて落ち込んでしまうのだ。遅れてやってくるから、そもそもの原因が何だったか分からない。今もその状態だ。とにかく憂鬱で辛い。

そして文章を書きたい気持ちはすごく強いのに、まったく頭の中がまとまらず納得のいくものが書けない。むきー。イライラが募るわ。

サドマゾ

サディズムマゾヒズムは表裏一体らしい。サディズムの語源となったマルキ・ド・サドも加虐嗜好と被虐嗜好どちらも持ち合わせたド変態だったらしい。ウィキペディアを調べるのが面倒くさいのでうろ覚えだが、自作の小説が禁書扱いされ危険人物として投獄、その牢の中でもひたすら変態小説を書き続けていたとかじゃなかったか。偉大なる先駆者のおかげでSMは性癖の一つとして市民権を得たのである。えらいぞサド。

加虐的な妄想をするとき、どちらの立場に回っているかという問題。弄って歪む表情に興奮する内に、被虐側にも自己を投影してしまうんだろうか。SとMは全く別のものである気がしてなかなか重ならない。不思議な話だ。私個人の話に落とし込んでみれば、昔は自分がすごくMなつもりだった。年上の目つきの鋭い男性に……なんてことは数限りなく考えたものだ。しかし、最近になって言うほど私はMじゃないなということに気が付いた。無理やりものなんて全然抜けない。上から目線の男性から「抱いて欲しかったんだろ?」なんて言われるエロ漫画の広告を見るたびぶん殴りたくなる。まぁそんなシチュエーション、2次元でしかあり得ないのだが。

今も昔も色白で目つきが悪くて黒髪の男性が好みだが、性癖についてはどちらかといえばSになった。それに伴ってか年上しかダメだったのが年下もカバーできるようになり、むしろショタ好みかもしれない。きらきらした少年より、何か抱え込んでそうな屈折した男の子に色んな愉しみを教えてあげたいっ。不安そうな瞳、張りのある肌、覚束ない仕草で――ちなみに今はド素面である。なのではずかしい。アホか。

 

何だかもっと精神性について、高等なことを書こうと思い至ってブログを開いたはずがただの性癖暴露。ババアになって雑食になっただけじゃねぇか。前記事のまんこといい下ネタしかねぇな。次はもっと頭良さそうな記事にします。今日はね、調子が悪いんだね、うん。溜まってるとかじゃないよ。全然違う。そういう下品なコじゃないから。全然。アラサー欲求不満ババアとか怖すぎるだろ。うるせぇ。

まんこという穴

まんこの具合が悪くて病院に行った。

ぽろぽろしたものが出てきてとにかく痒く気が狂いそうだったから、意を決して診察を受けたのだ。

散々セックスをしてきたというのに内診は非常に苦痛だった。あの自動で足を開かされる椅子に座り、カーテン越しに医者に器具をぶち込まれ、洗浄、投薬を受けた。カーテンで遮られているためどういうことが行われているかよくは見えないのだが、おそらく器具は竹でできた水鉄砲のように、二重の筒の内側を押し込んで動作させるつくりになっている。なんの前触れもなく突っ込まれるからやはり多少痛いがものの数十秒で終わった。まんこを無理に広げられてじろじろ見られ、その状態を実況報告されるのでは?と不安だったがそんなことはなかった。しかし、何だかとてもショックで情けないことに涙が出てきた。すぐに容態の説明を受けなければならなかったから、慌てて袖で拭って下着を身に着けた。

愛情や快楽ためにセックスするのではなく、診察という形で見ず知らずの人間に触られたのが恥ずかしい、屈辱だという気持ちもあった。しかしなんで私にはこんな穴が開いていて、それにより苦しめられなければならないのか。そんな思いが私の中に広がって、堪え切れず涙が出た。生殖能力に不安のある人間だから、なおさらだ。

 

まんこはちんこに比べて不遇だ。まずその名称。ちんこは小学生的な、大らかなアホさ、外で声に出しても呆れられるくらいで済むが「まんこ」は何だかちょっと嫌らしい感じがする。ちなみにこれは私の個人的な感覚ではない。「ちんこ」、「おちんちん」は放送禁止用語ではないのに、「まんこ」は放送禁止用語なのだ!(なのだ!じゃねーよ)松本明子が生放送中に発言し、業界を干されたという逸話を知っている人もいるだろう。

正確なことを言えば、放送禁止用語というものが各放送局ごとに公表されているわけではなく、ネット上の不確かな情報だ。しかし、何故か色んなサイトを巡ってみても「まんこ」は載っていても「ちんこ」は載っていない。知的で美しい女性アナウンサーがまんこと口にするのは沖縄県のニュースの時くらいなのである。沖縄県那覇市には漫湖という干潟がある。念のため。まんこなのに干潟なのかよ。

じゃあまんこがダメならなんて言えばいいのさ!医学的にいえば、ヴァギナ、か?小学校高学年になり初めて性教育を受けた日。皆その響きに思わず呟いてみたはずだ。軽く下唇を噛んで、ヴァギナ。ハリウッド女優の名前みたいだ。ヴァギナ。幼いころにゲルダというのが外国の女性の名前というのに驚いた覚えがあるが、そう思えば普通にありそうだ。ヴァギナ。ヴァギナ・クリトリス。きっと北欧の血が入った、綺麗な金髪の演技派女優に違いない。

 

なんの話だったっけ。そう、診察結果はカンジダだった。常在菌の1つだが、免疫力低下などの原因により菌バランスが崩れ善玉菌よりカンジダが優位になると起きるらしい。私の奔放な性生活によるものでは断じてない。むしろそんなこと一切ないのに不具合だけ起きていて悲しい限りだ。また一週間後に病院に行かなければならないのが嫌で仕方ない。

 

まんこ

酒とわたくし

二十歳で酒を覚えてから、私の人生は変わった。

今はうらぶれた生活を送っているが、学生時代の私は生真面目でオールドミスみたいで、常にルールを犯している奴を咎めることに心血を注いでいた。そんな万年生理不順みたいな女だったから、酒も大学のサークルで歓迎コンパの時に飲んだのが恐らく初めてだ。むしろ酒を飲んで様子が変わる人間を嫌っていた。母親の取り巻きが、酒を飲んで顔を赤くして下卑た話やら愚かな振る舞いで笑っている意味が分からなかった。

よく母親は酒に酔っては私に冷蔵庫のビールを取ってくるように指示した。2DKの団地、テレビから冷蔵庫まではきっと5歩もない。そんな距離を立ち上がることさえ億劫がって、私を使った。大体は500缶から飲んで、続きに350か500か迷ったフリをして500を飲む。お願い、もよ取ってきて。とせがむ声が気持ち悪くて大人をこんな様子に狂わせる液体が憎くさえあった。

 

今となっては、"彼女"の気持ちも理解できるような気がする。息が詰まりそうな毎日でも、プルタブを起こして煽るだけで幸せな気持ちになれる。公に許された唯一のドラッグだ。憂鬱な気持ちが麻痺して酩酊すると共に感覚が鈍くなる。同じ明日がやってくるのは時間の問題なのに、今は幸せなような、精一杯だ。自分の力で何かを成し遂げた体験が少ないと、ついには自分自身も諦めるようになってしまう。先の幸せより、今飲んで得られる安心感の方が優先されてしまうのだ。

幼い、真っ直ぐな正義感から許せなかった堕落した日々も、25歳の雌からすると同情してしまう。酒に逃げるしかなかった思いなんて知りたくもなかったが、こうして知ってしまうと、許してやらなければいけない気がしてくる。母娘は、同じ道を辿るのかしら。

 

まさに今酔っているから、脈絡が無くて、明日起きたら赤面するかもしれない。

劇薬で得られる快感はある意味平等だ。貧乏人も、金持ちも、変わらないものを感じられる。人生を賭して掴める限界が見えてくると、そんなものに耽るぐらいしか慰みがないんだ。

 

こうして眠って、また起きてしまうだけでも、酒の恩恵だ。

 

きっと処女のままじゃ25まで生きられなかった。

自己顕示欲

ツイッターでひたすら鬱々としたことを呟いていたが、さすがに周りに迷惑だと思いブログなんぞ開設してみた。

大体続かないので今回は10記事投稿を目標に書きたい。

普段自分の考えていることを話す相手がいないので、こういった場所で書き散らすしか発散する場がないのである。じゃあチラシの裏にでも書いてろ!って話だが、こういうのは「きっと誰も見ていないだろうけど、もしかしたら見てるかも」という背徳感が大切なのだ。

検索下位というロングコートで覆って、露出狂のごとく自分の恥部を披露して快感を得る。きっと気持ちよくなれるはずだ。物書きなんてものは元来オナニーから始まったのだ。暴論。

 

大人しそうとか、無口とか、目立たないやつに限ってかなりエグい自己顕示欲を秘めている気がする。そもそも誰しも持っている、注目されたいという願望を正しい形で発散できていないだけに欲望は変質して増大しているんじゃないか。

今の時代はそういうやつにもネットの世界がある。だいぶ救われているだろうな。何らかの創作活動ができればなんちゃらPだの、歌い手だの、絵師だの。何にもなけりゃ実況者やらyoutuberだの。才能にも容姿にも恵まれない奴でも、誰かに注目してもらえるチャンスがある。

勤めていた飲み屋で、私を口説く文句として「俺、実はニコ生やってるんだ」なんて言い出した客がいた。見た目にはネットに疎そうな土木作業員風の男。酒を飲みながら特にテーマもなく動画配信しているらしい。日常系などと語る横顔は得意げだった。今やネット上で活動していることは自慢することなんだと驚いた覚えがある。

機材さえ整えれば誰しも生主になれるだろうに、何が誇れることなのか正直理解に苦しむ……し、そんなおっさんの与太話の動画を誰がわざわざ見たいと思うのか。さすがに飲み屋のねーちゃんとして金を貰っている以上そんな質問はできなかったが、今ならなんとなく理解できる。聞かれずともおっさん自身、誰も動画を見てないことなんか分かっているのだ。webサイトとは違って動画は再生数が自動的に表示されて、人気のあるなしは一目瞭然だ。おっさんもそりゃあできれば人気者になりたいだろう。しかし、何より公開しているということに喜びがあるのだ。

家と会社の往復でかつ独身、友人や同僚と会話をしても差しさわりない内容ばかり。そんな奴がどうやって自己顕示欲を満たすのか。その答えがネット活動なんだろう。若い層なら一山当てたいという気持ちもあるかもしれない。だが、おっさんの場合はただ自分を見てほしいという純粋な欲求から動画撮影しているんじゃないだろうか。再生数は伸びない。だが全世界に公開されている。誰かが見ているかもしれない。ありふれたおっさんが、生主という名称で特別になれる瞬間。

 

現実世界で満たされない様々な思いがネット上には渦巻いている。匿名性も相まって、欲望のままに表現できる。きっとあのおっさんも昼間は真面目な作業員で、黙々と仕事に打ち込んでいるに違いない。そんな彼がパソコンを起動して、笑顔で動画を撮影する光景を想像すると何だか泣けてくるじゃないか。

愛しくさえ感じるだろう。え、感じない?

こんなこと独りで書いて、恋人に振られた悲しみを癒している私の方が哀れなのかもしれない。インスタントラーメンたべよ。